染色屋育ちの思い出~とと姉ちゃんに寄せて~その2

NAVA@八まん連

2016年04月05日 22:17



ドラマみたいに恰好よくないけど、せっかく書き始めたので、続けます。

染色産業は明治に入ると、それまでの自然染料から、化学染料が輸入されるようになった。
浜松市史によれば「浜松地方における化学染料導入の先達には鈴木雅雄(浜松羽二重機業実習所教師)・早川吉之助・高村栄蔵・斎藤徳次郎・吉野徳太郎(浜松早馬町)・太田六三郎(浜松元目町)などの人々があった」とあり、この中の斎藤徳次郎さんのもとへ祖父の姉が嫁いだ事が、祖父が浜松に出てくるきっかけとなった。

尾張横須賀では指物屋の三男として生まれた祖父であったが、母方の実家に男子がいなかったため、母方の実家の養子となった。
その実家は和菓子屋さんであったが、それを継ぐのを祖父が嫌い、浜松行きを決意したそうだ。

写真は当時の屋号の入っ和菓子を入れる箱。少なくとも明治時代のものと思われる。