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2011年07月31日

凧合戦  ~鷹野つぎ「四季と子供」より~



端午の節句の日に浜松名物の凧合戦がありました。

 用いられる凧は、美濃紙八帖ばりとか十帖ばりとか申し
ていたものでした。その尾には飾繩の太いものが使われ、
その長い尾にはウナリがつけられました。

 学区には、それそれ消防ポンプなどを納めておく倉庫風
の建物がありましたが、私の下垂町でも凧まつりの当日が
近づきますと、新装の大凧がそうした建物の天井から取り
出されてきました。そして辻の広場などで係の青年たちは
糸目をたしかめたり、尾の工合をしらべたりして準備をと
とのえました。

 いよいよこの日がきますと、町名を代表した大凧の行列
がありました。たとえば学区の頭字を平仮名であらわした
ものや、なにがしの町ならば天狗とか、どこそこは登竜と
かいうように、それぞれきまっていました。それらの凧が
三十四ほどの学区の数だけありますから、行列の賑わいも
なかなかたいしたものでありました。

ワッショイ、ワッショイという掛声と一緒に、大凧の
列はそれぞれの学区の青年たちに、その縁をぐるりと囲
まれ、頭上に捧げられながら街を練って行きます。青年た
ちは身軽なメリヤスの下着などで、襟に所属の色とりどり
の手拭を結んでいました。

子供達は子供達で二畳敷くらいの凧を頭上に捧げて、大人
連を小振りにした格好で、同じく町はずれの野原の方へと
従いて行くのでした。

 野の広場では字区々々で思い思いに陣をとり、それぞれ
の用具を配置し、指揮者の釆配によって、合戦の準備がと
とのえられるのでした。まず追風に向って凧が捧げられる
とともに、地上にしっかり杭でとめられた糸ワクから揚糸
を繰り出す準備がされます。やがて気を量って放たれた凧
は、長い尾をスルスルと地上からはなし、風に乗ってぐん
ぐん上昇して行き、額ぶちくらいの大きさに見える高さに
なって空中におちつきます。しかしウナリは耳近く風をき
って、グーン、ダーンと勇ましく響きます。


 
 すべての字々の凧がそうして揚りますと、いよいよ合戦が
始まるのでした。私も、姉やお友達とつれだって、あぶなく
ない場所で見ているのでした。というのは凧を揚げる陣地
のありさまは、見ていても一生懸命でこわいようでしたから。
 
 まず合戦の発端を云いますと、静かに揚っている一つの
凧の糸目の下へ、他の一つが潜ってはいって行きます。と
たんに潜られた凧は非常な勢いで糸を詰めたりゆるめたり
します。潜った方ではどんどん糸を引き寄せ、また術を凝
らして先方の糸の緩急に呼吸を合せます。結局こうして双
方の糸にはげしい摩擦が起りますと、どちらかの糸がプツ
リと断ちきられるのでした。時には二つの糸がからみ合っ
て、一緒にプツリと切れてしまうような珍しい勝負もあり
ました。


 こういう空の眺めを作りますまでには、陣地の働きも真
剣なものでした。

 そこには陣地全体の呼吸の一致がありました。采配を振
る一人の指揮者に従って、糸をゆるめる時、糸を引く時、
多数の青年たちは全く一つの動作の、一つの手であり、足
であるように働くのでした。糸がゆるめられる時は、糸ワ
ク車の糸がガラガラとウナリを立てて繰り出されました。
引くときにはこぞって各自が手にもった筬型の糸挾にぴい
んと鉄棒のように張りきった揚糸をかけて、自分たちの凧
には背を向けつつ必死となって引きます。指揮者の号令の ゜
ある限りは、タッタ、タッタと足音の絶え間もなく引くの
でした。


 私たちは誰れも自分の住む字の凧を見上げていました。
「ああ困るわ、負けては困るわ」と、姉たちも胸をたた
いて気をもんで下垂町の「し組」の凧を見ているのでした
 しかし、プツリと切られて尾をまいてくるりくるりと落
ちて行く凧を見るときほど、それがどの字の凧であっても
あわれを思わせるものはありませんでした。



※筆者は浜松出身の作家、浜松の四季をテーマに子供を描
いた「四季と子供」は有名。これは昭和16年の古今書院版
から復刻した。ちなみに下垂町はいまの池町辺である。

出展 『浜松百撰 第54号』(昭和37年)


大正時代から昭和初期にかけて活躍した浜松出身の
作家・歌人「鷹野つぎ」によって記録された『浜松名物 凧合戦』です。

そこに描かれているのはどんな姿ですか?多くの事が読み取れると
思います。
こちらも参考にしてください
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/ward/nakaku/
kouhou/101120/series.htm




Posted by NAVA@八まん連 at 00:14│Comments(0)
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