2015年04月24日
初節句

昭和41年、私の初の時の写真です。
(まちがっても "私の初子の時の写真" などとは言いません)
伯母や従姉妹たち、尾張横須賀の親戚や浜北宮口の親戚が大勢映っており、それこそ一族みんなに初節句のお祝いをしてもらったことが分かります。
「長子の誕生を祝って行われるまつり」と、昔から言われていますが、私の家も商売をやっていたので、後継ぎたる長子の誕生は何ものにも代えがたい喜びだったことでしょう。
そして、ささやかですが振る舞い酒を施主として用意させていただく・・・
そんな感じも写真に残っていますね (ほんとうにささやかですねw)
今は何もかも変わってしまいましたね。
少しでも昔からやってきた姿を伝えることができたら、と思います。
Posted by NAVA@八まん連 at 19:45│Comments(2)
│凧
この記事へのコメント
おおおっ!!
「眠れる獅子」ならぬ「眠れる鳩」復活ですね!
いい写真ですね。うらやましいですよ。
ハデに飾り立てるわけでもなく、でも親戚が大勢寄って、お節供を迎えている感じ。
「ワッチョピッピがもうすぐ来るに!」とかおっしゃっていたのでしょうか。
無言の凧が、その姿だけで、浜松に刻み込まれた歴史と文化を、雄弁に物語っていらっしゃる。
「眠れる獅子」ならぬ「眠れる鳩」復活ですね!
いい写真ですね。うらやましいですよ。
ハデに飾り立てるわけでもなく、でも親戚が大勢寄って、お節供を迎えている感じ。
「ワッチョピッピがもうすぐ来るに!」とかおっしゃっていたのでしょうか。
無言の凧が、その姿だけで、浜松に刻み込まれた歴史と文化を、雄弁に物語っていらっしゃる。
Posted by 善
at 2015年04月24日 22:46

巷に溢れる「初子さん、おめでとう」に強烈な違和感を覚える昨今です。
(お施主さんにおめでとうございますとは言ったけど、赤ん坊に言った記憶はないので)
自分の時はどうだったかとアルバムを引っ張りだして眺めてみました。
この写真のほかにも、五月飾りを前に親族で宴席をしている写真などもありました。
"初"でおめでとうというよりも、初節句という昔からの風習が色濃く残っている時代のように感じました。
(お施主さんにおめでとうございますとは言ったけど、赤ん坊に言った記憶はないので)
自分の時はどうだったかとアルバムを引っ張りだして眺めてみました。
この写真のほかにも、五月飾りを前に親族で宴席をしている写真などもありました。
"初"でおめでとうというよりも、初節句という昔からの風習が色濃く残っている時代のように感じました。
Posted by NAVA@八まん連
at 2015年04月28日 17:08

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